デジタルを減らす、という話をすると
どこか極端に聞こえるかもしれない。

スマホを捨てるとか、
最新機器を否定するとか。

でも、ここで書きたいのは
そういう話ではない。

実際に起きていたのは、
便利にするために足してきたものが、
いつの間にか
自分の余白を削っていた、という感覚だった。

40代になってから、
「時間がない」というより、
頭の中がずっと埋まっている感じが抜けなくなった。

この記事では、
デジタルを減らしたことで見えてきた
余白の正体を、
いくつかの体験を通して整理してみたい。

iPad手帳をやめた理由|便利さより先に増えたもの

最初に違和感を覚えたのは、
iPadを使った手帳運用だった。

紙よりも便利そうに見えたし、
「デジタルだけど手書き」という点にも惹かれた。
Apple Pencilも揃えて、しばらく本気で使ってみた。

けれど、続かなかった。

理由ははっきりしていて、
使う前に考えることが多すぎた

  • どのアプリを開くか
  • ペンで書くか、キーボードにするか
  • どのページに書くか
  • 充電は足りているか

書く前に思考が挟まる。
考えを整理したいのに、
整理するための準備で思考が止まってしまう。

さらに、
書きにくさや充電切れといった
細かな不便も積み重なった。

結果として戻ったのは、
紙の手帳だった。

この時はっきりしたのが、
この切り分けだった。

  • デジタル入力 → スマホで十分
  • 思考の整理 → 紙の手帳が一番早い

iPadは何でもできる。
でも手帳として使うと、
一番「管理コスト」が高かった。

Apple Watchを外したときに気づいたこと

次に違和感が大きくなったのが、
Apple Watchだった。

きっかけは単純で、
電池の持ちが気になり始めたこと。

出張のたびに、
Apple Watch用の充電器をカバンに入れる。
スマホ、イヤホン、PC…。
気づけば、
「充電のための装備」が増え続けていた。

そのとき、ふと考えた。

ミニマリズムの考え方では、
部屋に家具を置けば
その場所代を払っている、と考える。

なら、
カバンの中を占有している
充電ケーブルやアダプタにも、
同じようにコストを払っていることになる。

外した瞬間に気づいたのは、
便利さが減ったことよりも、
気を取られる回数が激減したことだった。

  • 充電を気にしなくていい
  • 通知に反応しなくていい
  • 常に身につけている感覚がない

すると、物理的にも、心理的にも、
「何も起きない時間」が戻ってきた。

中途半端なデジタルが、いちばん疲れる

ここまで振り返って思うのは、
デジタルが悪いわけではない、ということ。

むしろ疲れの原因は、
役割が曖昧なまま使っていたことだった。

  • 何でもできる端末
  • 常につながる前提のデバイス
  • 管理し続けることが前提の仕組み

これらは、
便利さと引き換えに
「選び続ける負荷」を生む。

余白を奪っていたのは、
デバイスの数ではなく、
判断の回数だった。

減らしたら、選ばなくてよくなった

いまの運用は、かなりシンプルだ。

  • 連絡・即時入力 → スマホ
  • 思考の整理 → 紙の手帳
  • 常時通知 → しない

実は、スマホですら、非通知設定や登録番号以外からの着信はオフにしてる。
本当に大事な電話なら、留守電が残っているはずだから。

これは最適化しているというより、
割り切っているだけ。

それだけで、

  • 集中が途切れにくくなった
  • 頭の中が静かになった
  • 「何かしなきゃ」が減った

足したことで得た便利さより、
減らしたことで消えたノイズの方が、
自分には大きかった。

考えなくて済む構成を選ぶ

デジタルを減らす、というより
役割をはっきりさせる。

それだけで、
余白は自然に戻ってくる。

全部を最適化するのではなく、
全部を持たなくていいと考える。

自分にとって
考えなくて済む構成を選ぶ。

それが、
40代からのデジタルとの
ちょうどいい距離感なのかもしれない。

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ABOUT ME
yohaku
余白のある生き方を探しながら、 40代の暮らし・働き方・持ち物を“整える”ための思考を書いています。 ミニマル思考、Quiet Luxury、道具から学ぶ哲学。 心と生活が軽くなる視点を、日々の実践から発信中。 元ドキュメンタリー番組ディレクターを経て、 現在はブランド設計・クリエイティブの仕事に携わっています。 「ものを減らす」の先にある、 “どう生きるか”を一緒に考えるための場所です。