ベッドはいらないのか。 結論から言うと、これだけは人による。
少なくとも僕は、いまだに答えを出しきれていない。

ミニマリズムとは、すべてを削ぎ落とすことではない。

今の僕にとって、ベッドは「不要とも言えるが、完全には手放せない」という、極めて曖昧なポジションにある。

今回は、そんな削ぎ落としきれないミニマルの話。

かつて選んだ「布団生活」の解放感

かつて、ベッドを持たない、「テンプレ的なミニマリスト」だった時期がある。
2017年から2019年の終わりくらいまでは、こんな生活だった。

布団を使う生活のメリットは、何よりもその「可変性」にあった。

  • 部屋が圧倒的に広く使える: 畳めばスペースは完全に空く。ワンルームにおいてこの差は大きい。
  • 生活にスイッチが入る: 布団を上げ、敷く。この動作が1日のリズムをつくる。

多少の手間はあるが、それは「生活を丁寧に編集している」という実感に繋がる、心地よい習慣だった。

それでも、ベッドに戻った理由

しかし、ここ数回の引っ越しを経て、僕は再びベッドを使うようになった。
フローリングがビニールではなく、木製のものだったからだ。

理由は、精神的な「ノイズ」の発生だ。
床の材質の違いでストレスが発生した。

  • 床のホコリへの抵抗: スリッパで歩くフローリングに、そのまま布団を敷く。いくら掃除しても、目に見えない不衛生さが気になり始めた。
  • 管理の負担: 「床で寝ること自体」が気になり始めると、それはもはや安らぎではなく、ストレス(ノイズ)に化けてしまった。

「床材」が最適解を左右する

ここで重要なのは、モノそのものではなく「環境」との相性だ。

現在の僕の住まいは、フローリング。
でも、種類によって微妙に異なる。

  • ビニール系の床: 掃除がしやすく、クイックルワイパーで完了できる。
  • 木製の床: 生活の質感はいいが、ホコリが残りやすい感覚がある。

もしこれが「畳」の部屋であれば、僕は迷わず布団を選んでいただろう。
ベッドが必要かどうかは、所有の哲学以上に「床材とどう付き合うか」という、極めて即物的な問題に帰結する。

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結論|ミニマリズムは「固定」ではない

正直に言えば、ベッドは邪魔だ。
空間を占有するし、移動も容易ではない。

けれど、フローリングのホコリというノイズから自分を切り離すための「物理的な緩衝材」として、今はこれが必要だと判断している。

ミニマリズムは、モノを減らすための競技ではない。
そのときの住環境において、自分の思考を最も静かに保てる状態を現像し続けるプロセスだ。

引っ越して床材が変われば、また答えは変わる。それでいい。

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ABOUT ME
yohaku
余白のある生き方を探しながら、 40代の暮らし・働き方・持ち物を“整える”ための思考を書いています。 ミニマル思考、Quiet Luxury、道具から学ぶ哲学。 心と生活が軽くなる視点を、日々の実践から発信中。 元ドキュメンタリー番組ディレクターを経て、 現在はブランド設計・クリエイティブの仕事に携わっています。 「ものを減らす」の先にある、 “どう生きるか”を一緒に考えるための場所です。