X(旧Twitter)をやめて、もうすぐ3年になる。
正確に言うと、 アカウントは残したまま、スマホからアプリを削除した。

それ以来、投稿も、タイムラインも、もうほとんど見ていない。
当時のフォロワーは最大で8000人ほどいた。

X(Twitter)に投稿すること、タイムラインを眺めること。
それはもう、生活の一部だった。

それでも、やめた。

そして、理由はシンプルだ。
SNSが生活を軽くしていなかったから。

結果としては、フォロワーは今では6000人まで減った。
でも、手に入れたものの方が、はるかに大きかった。

今回は、そんな脱・Xの話。
やめるまでのステップと、その変化を実体験から書いてみた。

結論としてはこう。

Xをやめた経緯と結果

  • やめ方:アカウントは残し、アプリだけ削除(2024年1月)
  • 変わったこと:集中力と時間が戻り、気持ちが荒れなくなった
  • 困ったこと:発信が届かなくなった
  • 後悔:ない

Twitterは、いつから息苦しくなったのか

最初のTwitterは、もっとゆるかった。

「らーめんなう。」
「むくり。」

そんな一言を、気まぐれに投稿するだけ。
フォロワーのほとんどが知り合いで、自由で牧歌的な場所だった。

海外の飛行機不時着の映像が、 テレビより先に、機内の一般人から投稿された。
あの瞬間は、鳥肌がたった。
あの頃のTwitterは、間違いなく、新しいメディアだった。

でも、流れが大きく変わったのは、コロナだったと思う。

外に出られなくなって、 みんながYouTubeとTwitterを往復する日々。
画面の中に、何とも言えないギスギスした空気を感じるようになった。

誹謗中傷。
罵詈雑言。
妬み。

スマホの小さな画面から、人間の負の感情が溢れてくる。
気づけば、投稿もしなくなっていた。

だったら開かなければいい。
でも、手はスマホに伸びる。
ただタイムラインを眺めるだけの、不毛な時間が続いた。

Xは「バツ(罰)」になった

やがて、幸せの青い鳥はいなくなり、 TwitterはXになった。

タイムラインには「おすすめ」が並ぶ。
でもそこにあるのは、欲しい情報じゃない。
ただバズっただけの、価値のない投稿だった。

過剰な正義。
善意に包まれた攻撃。
忠告という名の刃。

Xはもう、エックスじゃない。
ただのバツ(罰)だ。

誰かを断罪する、デジタル処刑台。
さすがに限界だった。

2024年1月。
展示会の告知を最後に、スマホからXのアプリを削除した。

Xをやめた結果、本当に変わったこと

最初は、見たくないものに蓋をしただけのつもりだった。
でも、違った。

1. そもそも見なくていいものだった

アプリを消して一週間。
精神衛生は、明らかに良くなった。

見たくないものを見ない。
それだけで、生活はかなり軽くなる。

2. 仕事に集中できるようになった

仕事に集中できる。
やる気も出る。
アイデアも浮かぶ。

3. 時間がそのまま戻ってきた

そして、無意識に画面を開いて、時間が溶けることもなくなった。

SNSに奪われていた時間が、そのまま戻ってきたわけだ。
おそらく、体感で、1日1〜2時間は戻ってきたと思う。

4. 情報の取り方が変わった

Googleアラートで、キーワードに引っかかるニュースをGmailに届くようにしている。
そこから、必要な情報は検索して得るようにした。
受け身の情報収集ではなく、能動的な方がリサーチも短時間で済む。

デジタルを減らすと、思考の余白が生まれる。

参考記事→デジタルを減らすと余白が増える|40代が“管理から降りる”という選択

Xをやめて困ったこと

いいことばかりじゃない。
正直に書いておく。

フォロワーは8000人から6000人に減った。
発信を止めれば、当然そうなる。

結果としては、まず情報が届かなくなった。
告知をしても明らかに見られていない。

それでも、戻ろうとは思わなかった。
失ったものより、戻ってきたものの方が大きかったからだ。

SNSを全部やめたわけじゃない

Xはやめた。
でも、SNSを全部やめたわけじゃない。

今はThreadsとInstagramを使っている。

Threadsは、昔のTwitterみたいな使い方をしている。
食べたラーメン、遊びに行った場所、ふと思いついたくだらないアイデア。
いろんなものを投げ込む玩具箱だ。
でも、それが心地いい。

Instagramは趣味として活動している写真作品の置き場所。
そして、こちらも更新頻度にこだわるのはやめた。
お気に入りの一枚が撮れた時だけ、そっと更新している。

大事なのは、SNSを捨てることじゃない。
自分が使う側にいるか、使われる側にいるか。
その線を引き直すことのほうだ。

Xをやめたい人へ|やめ方は3段階ある

いきなりアカウントを消す必要はない。 やめ方には、段階がある。

  1. 通知を切る:アプリは残す。開くきっかけを減らすだけ。
  2. アプリを削除する:アカウントも投稿も残る。僕はここ。戻りたくなったら、入れ直せばいい。
  3. アカウントを削除する:完全に手放す。削除してから30日間は、ログインすれば復活できる。

迷っているなら、2からで十分だ。
アプリがないだけで、開かなくなる。
そして、開かなければ、そのうち忘れる。

あなたがXを開くとき、 欲しい情報を取りに行っているだろうか。

それとも、ただ手が伸びているだけだろうか。

後者なら、やめても失うものは少ない。

ミニマリズムは、情報にも効く

Twitterにはとても感謝している。

人との繋がり。
仕事の相談。
新しい知識。

多くの贈り物をもらった。
でも、それにしがみつく必要はない。

もちろん、発信は大事だ。
でも、発信に疲れては意味がない。

そして、繋がりも大事だ。
でも、SNSでしか繋がれないわけじゃない。

だから、時代に合わせて、
そして自分に合わせて、 SNSの使い方を更新すればいい。

ミニマリズムは、実はモノだけの話じゃない。
情報も同じ。
減らすことで、生活は軽くなる。

参考記事→モノを減らすだけでは人生は変わらない|40代ミニマリズムの本質

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ABOUT ME
yohaku
余白のある生き方を探しながら、 40代の暮らし・働き方・持ち物を“整える”ための思考を書いています。 ミニマル思考、Quiet Luxury、道具から学ぶ哲学。 心と生活が軽くなる視点を、日々の実践から発信中。 元ドキュメンタリー番組ディレクターを経て、 現在はブランド設計・クリエイティブの仕事に携わっています。 「ものを減らす」の先にある、 “どう生きるか”を一緒に考えるための場所です。