COLUMN

「年齢」なんてただの記号。この先の新時代に必要なのは「能力」の磨き方。

年齢で語るな、経験で語れ。

これはボクが数年前から言ってることだけど、もはや年齢で何かを語る時代じゃなくなってる。

もちろん、ひと昔前は「年齢」=「経験値」=「能力」という公式が成り立っていた。
だから、ある意味では年齢そのものに価値があったのだと思う。

でも、残念だけど、いまそれはもう成立しない時代になっている。
さらにここからデジタル技術の加速、進化で起きるイノベーションが年齢の概念すら吹き飛ばしてしまう。

年齢ではなく、熱量と集中力によって圧倒的な「経験」を積んだ若者たちが、PCすらも過去のものにして、新しい時代を切り拓いていく。
いくらこれまでに積み上げたキャリアがあったとしても、過去の栄光や前例にしがみつけば一瞬で淘汰されてしまう。
デジタルネイティブ躍進の時代になるわけ。

だから、もし上の世代が年齢で語ってくるなら、若い君は鼻で笑って必死に能力を磨けばいい。

じゃあ、昭和に生まれたボクらはこれから先の時代では戦えないのだろうか?と言うと、それはまた違うと思ってる。
もちろん、同じだけの熱量と集中力があれば、今からだって新しいスキルを身に着けることもできる。
でも、それだと若い世代には体力で勝てない。
(いや、もはや集中力の持続すら出来なそうだけど・・・)

だからこそ、これまでに積み上げてきたキャリアの本質が大事になると思ってる。

アナログ時代の終わりに生まれ、ポケベルから写メールまでの変遷で青春を駆け抜け、デジタル時代移行の流れの中でスマホを片手に社会人として必死に戦ってきた、ボクらみたいな「デジアナ・ハイブリッド世代」だからこそ提供できる価値は必ずある。
そう、ボクらの世代にしかできないことがある。
ボクらは、年齢ではなく、経験で語ることはできるはずなんだ。

新時代のキャリア・ドラフト

「年齢」=「経験」=「能力」みたいな旧時代の価値観はできるだけ早く捨てよう。
この先は「情熱」=「集中力」=「能力」の時代がやってくる。

だから「年齢」も「才能」を言い訳にする必要なんかない。
新しい時代においても、「才能」はあくまで熱中を突き抜けた先にあるオプションでしかないから。

ボクはこれまでもあまり「キャリアデザイン」ってのは考えたことがなくて、もっと柔軟性のある「キャリア・ドラフト」という考え方をベースにしてきた。
キャリアデザインがビジョンの構築からの逆算で人生設計するのに対し、ドラフトは人生の大きな目標を描きつつ、あえて状況に“流される”。

これは決して投げやりな考え方じゃなくて、予期せぬ出来事をチャンスとして柔軟に受け止めるために、目的を固定しすぎないようにすること。
だからポイントではすごくよく考えて方向選択を行う。
ただし、それが違っていてもまた変えれば良いだけ。
柔軟に生きていく中で、目標を描きながら進む。

キャリアドラフトの転換期

ボクがデザインに関わった初めての仕事は、卒業大学のOB用メンバーサイトのディレクションだった。

テレビ番組制作会社からフリーの映像制作者を経て、ウェブ広告業界に転身してすぐのこと。
年齢はすでに30歳を過ぎていた。
まだ今ほど転職が当たり前な空気もなく、別業界に30歳を過ぎてから転職したら給料は下がると言われていた時代。

その当時、Facebookに大学時代の同級生から連絡をもらい、その同窓会サイトの制作を依頼してもらったのだ。
めちゃくちゃ安価だった。笑

当時はまだデザインも勉強し始めたばかりで、ウェブの構造もほとんど理解できてない状態。
それでも無意識にスマホファーストのワイヤー書いていた。
これ、確か2013年の終わりくらいで、まだガラケー所持者の方が多い時代の話。
理論や理屈じゃなくて、それが正しいと直感的に思ってたのかも。

これは、デザインを学んでいなかったからこそ、自分なりにプレゼンできる本質を探した結果だったと思ってる。
ここがボクの転換期になった。

シンプルな構造とデザインを好むのはその頃から変わってない。
どうすれば使いやすいか?そればかりを考えていた気がする。
ボクの本質思考や余白思考の根っこになった仕事だったんだと思ってる。

なにより、夢中でやった。
最高に楽しかった案件のひとつ。
情熱とヤル気って大事だし、だからこそ「情熱」=「集中力」=「能力」が大事なんだと実感してる。

自分自身がデザインの力を感じた仕事

そこから時は流れて、3年くらい前。
この頃は、すでにいくつも案件を経験し、それなりに自分が担当できる領域が増えていた。
動画は最初のキャリアがテレビ制作だったので、もともとディレクションしていたし、ウェブもディレクションできるようになっていた。
そこに紙媒体のディレクションが加わり、全てのクリエイティブのディレクションをボクが一貫して担当するようになってきた。
余談だけど、クリエイティブ・ディレクターを名乗るようになったのもこの時期。

さて、そんな中でに新卒採用のブランディングを担当した。

ターゲットを就活生の中からさらに明確にセグメントして、コンセプトから練り上げ、そのイメージを最適に伝えられるようデザインコントロールしてウェブ、動画、パンフとすべてを統一デザインで連動して制作する。
そのトータルディレクションを担当したのだ。

これが功を奏し、採用に関連した数字も伸びて明らかな結果が出た。

説明会参加者は前年比の240%UP
内定辞退者は8割減
採用人数も昨年の3倍以上。
(正確な数字はちょっとうる覚え)

また、それまで毎年のように制作会社を変えていたクライアントさんがいまでもそのデザインサイトを使用してくれている。
数字と企業満足度、どちらもうまく達成できた記憶に残る仕事になった。

本質を捉えたら、同じ採用サイトのなかでもちゃんと色を出し、ターゲットニーズを捉えることが出来る。

ただつくるだけのクリエイティブではなく、なぜつくるのか、にちゃんと向き合い、可能な限り最適な提案をすること。
その原点ともいうべき仕事だったと思ってる。

「情熱」=「集中力」=「能力」

ボクがテレビ業界からウェブ業界に転身した時、そんなキャリアの人はたぶんほとんどいなかった。
SNSのプロフィール欄に「異色のキャリア」と書いていたような気がする。笑

そして、まだスマホの普及率が10%を超えるかどうかの時代に、動画を武器にウェブに飛び込んだボクの話を聞いて、多くの人が「先見の明があったんですね」「時代を読んでいたんですね」と言う。

確かに、今振り返ったらそうだとも言える。
でも、ぶっちゃけ、その当時にそんなこと考えてもいない。

考えていたとしたら、せいぜい

動画もそれなりにできるようになったし、そろそろ次のことがしたいぞ。
ウェブ業界か、ちょっと経験しておくのも良いかもな。

くらいのものだ。

でも、入ってハマった。
楽しかったのだ。

「情熱」=「集中力」=「能力」の符号がボクの中で成立した瞬間だった。
もし、あの時自分の年齢を気にして、どうせテレビしか出来ないし・・・と考えていたら、今のボクはいなかった。

さて、もう一度冒頭に戻ろう。

もはや年齢で何かを語る時代じゃなくなってる。

年齢はあくまでその人がそこまで過ごしてきた時間の長さの目安でしかない。
今の時代、他人より2倍も3倍も、なんなら10倍も濃い経験を積むことで、一気に能力を開花することだってできる時代。

君にとっての一年のキャリアが、あの人の3年分のキャリアに匹敵することだってあり得る時代なんだ。

年齢という記号を捨てよう。
もはや意味はない。

君が数えるべきは年齢ではなく、あくまで自分の経験値なのだから。

ABOUT ME
アバター
Andy
we.編集長/Design Offiice io COO./Creative Director|東京⇆京都の2拠点生活。| 企業の経営課題を解決するデザイン・コンサルやクリエイティブ・ディレクションやってます。|ミニマル思考と独特の着眼点で「?」を「!」にする発想・提案が得意。|日本のビジネスにクリエイティブの革命を起こしたい。