先日、こんなことをツイッターでつぶやいたら、大きな反響をいただきました。
フリーランスとして、1人で全部をこなしてるデザイナーさんやイラストレーターさんは、見積もりに「ディレクション費」も記載してほしいなと常々思ってる。
その部分も業務であり、付加価値なのは業界の内外限らず広めたいんだよね。
だから、どんどんディレクション業務の詳細を言語化をしていくよ。— Andy(クリエイティブ・ディレクター) (@we_creat) December 5, 2019
ここでは、デザイナーさんや、イラストレーターさんとしてますが、もっと言うならフリーランスのカメラマンさんも、映像作家さんも、サウンドクリエイターさんも・・・すべてのクリエイターさんの誰もが、この「ディレクション費」を明記する方が良いと思っています。
とはいえ、「わざわざそんなこと記載してどうなるの?」とか、「そのせいでクライアントさんからディレクション費を削れ」とか言われたらどうするの?という疑問もあると思います。
今回は、その疑問に多少なりともお答えしつつ、フリーランスのクリエイターさんが見積もりに「ディレクション費」を記載するべき3つの理由を解説してみたいと思います。
理由1:自分自身が業務内容の詳細を把握できる
みなさんは自分の業務がどんなレイヤーで成り立っているか、どれだけ把握しているでしょうか?
例えばWebデザイナーをしているAさんとBさん。
どちらも業務内容は「Webデザイン」だとします。
Aさんは会社員Webデザイナー。
BさんはフリーランスのWebデザイナー。
この場合の業務内容を比較してみましょう。
(話をわかりやすくするため、ちょっと極端に対比します。会社員の方が楽だとか、仕事がすくないとか、そういう話ではないので、その点はご了承ください)
Aさん(会社員)
①ディレクターや営業からWebの仕様やイメージをヒアリング
②過去の事例やデザインをリサーチ
③デザイン
④修正をディレクターや営業から聞いて対応
⑤(③と④を繰り返して)納品
Bさん(フリーランス)
①なにかしらの営業活動(永続的にやってる)
②クライアントさんにWebの仕様やデザインイメージ、KPIなどをヒアリング
③見積もり作成
④予算交渉
⑤制作スケジュール設計
⑥企業リサーチ
⑦デザイン方針(コンセプト設計)
⑧過去の事例やデザインをリサーチ
⑨デザイン
⑩提案プレゼン
11修正対応
12(⑧~11を繰り返して)納品
13請求書の発行
どうでしょう?
仮に同じデザインを制作する場合でも、これだけ業務量が違います。
もちろん、Aさんの場合はそれ以外の部分を会社の誰かが対応しているわけですが、この部分をまるごと「デザイン費」にひっくるめて見積もりをつくるのって、かなり乱暴だと思いませんか?
当たり前ですが、企業並みの値段で見積もりを作る必要はないと思います。
そこはまたいろいろと税金や雇用なんかの別予算の話が乗っかってきますから。
ここで大事なのは、すくなくとも「デザインをしていない業務」についてもフリーランスのクリエイターさんであれば、しっかり言語化して、自分がどれだけの業務を抱えているのかを正確に把握しておくことだと思います。
そして、Bさんの業務のなかで、下記の部分をボクはまるっとひっくるめて「ディレクション領域」と読んでいます。
Bさん(フリーランス)
①なにかしらの営業活動(永続的にやってる)
②クライアントさんにWebの仕様やデザインイメージ、KPIなどをヒアリング
③見積もり作成
④予算交渉
⑤制作スケジュール設計
⑥企業リサーチ
⑦デザイン方針(コンセプト設計)
13請求書の発行
営業活動は営業領域だし、請求書の発行とかは細かくいえば経理領域ですが、デザインに直結する部分以外=ディレクション領域と簡易定義してます。
ディレクション領域のそれぞれの業務については、こちらの記事で細かく解説しているので、よかったらご参考までに。
ディレクション入門①
ディレクションって、結局どんな業務なの?仕事内容を徹底解剖。
さて、これらはあくまで一例ですが、みなさんは自分の仕事をどこまで細分化して言語化できているでしょうか?
デザインの初稿と修正と再校は、それぞれ別の業務として意識できていますか?
それとも全部ひっくるめて「デザイン」ですか?
この、自分の業務の解像度を高める、という意識は、フリーランスであれば絶対に持っておいた方が良い部分です。
この項目ひとつひとつに、ちゃんと自分なりの金額を意識できるか、というのはすごく大事なことだからです。
例えば、そうすることで、無理に割引を要求された場合などに、では修正回数を2回までにさせていただきますね。という交渉が簡単になるわけです。
修正一回が●●円だと自分の中でわかっていたら、その値引きに無理や損をした感覚はなくなるはずですから。
ボクが見積もりの話のときに必ず主張するのは、「自分がちゃんと納得した金額で、納得した仕事をしよう」という部分です。
ワーク・ライフ・バランスがあるのなら、ワーク・プライス・バランスだってあるべきです。
値段の高い低いは人それぞ違うでしょう。
大事なのは、ちゃんと自分が納得する仕事をしたときに、満足のいく収入を手にすることができる。ということだと思っています。
理由2:クライアントさんに自分の仕事の全体像を伝えることができる
さて、ディレクション領域の明記については、自分自身の業務把握以外に、クライアントさんに対して、その業務がどれだけの工数から成り立っているのかを伝える明確な手段になります。
すべての業務が積み上がることによって、このデザインが成立するのだということは、共通理解としても大事ですね。
特に、クリエイティブについてはその業界関係者でないとわかりにくい部分が多いのは事実です。
「アイディア」と「スキル」が大部分を占める仕事なだけに、目に見えるものといえば「アウトプット」だけになってしまいます。
そのアウトプットをどれだけの努力や時間が支えているのかは、業界経験者でないと簡単には想像できないでしょう。
だから、スーパーに売ってるカップラーメンに対して「次も買うからやすくしてよ」とか「一本おまけしてくれない?」という人はいないのに、デザインに対してはそれがまかり通ってしまうわけです。
もっと、デザイン(クリエイティブ)の下支えの部分を明確に言語化し、業界を超えて浸透させていくことがとても大事だと思っています。
クライアントさんにとっても、「これだけのことをしてくれているのか」と一覧として確認できると、値段への安心感にもつながると思います。
また、「値下げしろ!」と言う上司に対して、「でも、この金額は妥当だと思います!」と説明をしてくれる、味方になってくれる担当者さんだって少なくないはずです。
その場合は、見積もりが、「値下げしろしろ上司」と戦ってもらうための武器になるわけです。
見積もりによって「納得」と「満足」を得るのが大事なのは、なにもクリエイター側だけではありません。
その仕事に関わる多くの人が「納得」と「満足」をもって働けると、それはとても幸せなことではないかなと思います。
クライアントさんに、安心と信頼、納得と満足をお届けするためにも、業務詳細の可視化、共有は意識しておきたいところですね。
見積もりの記載例
一方で、ツイッターのリプやコメントのなかで、「ディレクション費をどう記載していいかわからない」という声もたくさんいただきました。
確かにこの部分って、独立してフリーランスになるとしても、誰も教えてくれない部分ですよね。
おそらく先輩フリーランスクリエイターのみなさんも、それぞれが試行錯誤し、失敗を繰り返しながら独自のフォーマットを創り上げてきたのだと思います。
もちろん、例外なくボクもそうですし、いまだに試行錯誤の最中です。
今回は簡易的ではありますが、ボクの見積もり記載例をご紹介してみますね。
参考になるかどうかは人それぞれだと思いますが、ひとつの例として。
見積もり例)Webデザインの場合
この見積もりでは、大枠の作業単価は明記してますが、細かいところまでは金額にしていません。
例えばディレクション費を一式記載してますが、詳細については「企画提案・打合せ対応・制作進行含む」としています。
あまりに細かい工程を金額として提出すると、冒頭で指摘していた「予算を削る・削らない」といった不毛な交渉に巻き込まれる場合があるからです。
企画提案にはコンセプトメイキングやリサーチ、打合せ対応には交通費、制作進行には制作スケジュールの立案や、工程管理が含まれます。
聞かれたらいくらでも明確に答えられるだけの「解像度」があれば、提出見積もりについては「目次」としての機能があるだけで十分かなと思っているからです。
そうすることで、制作全体の業務レイヤーをクライアントさんに把握してもらうわけですね。
これはあくまで一例ですが、ぜひ駆け出しのフリーランスの方などは、自分にあった見積もりの作り方などはどんどん工夫してもらうのが良いかなと思います。
また、業務内容の可視化は自分だけでなく、相手との共通認識作りにも役立ちます。
例えば、「修正回数3回」とか「ディレクションは3ヶ月対応」と明記しておくことで、予定外に長くのびていくプロジェクトについても、追加での対応であることを理解してもらうことができます。
実際に延長費用や追加修正費を請求するかどうかは、クライアントさんとのお付き合いの具合や総予算の問題など、いろいろあるとは思います。
もちろん、金額で対応いただけたらそれはベストかもしれませんが、そこまで望めないとしても、「初期想定より多くの仕事をしている」という部分もクライアントさんと共有してもらうことができるわけです。
これも、相互の納得、満足のためにはとても大事なことだと思うのです。
理由3:業界全体の底上げにつながる
さて、最後にこれがものすごく大事なことだと考えています。
見積もりで業務の明確化をすることで、「クリエイティブ業界全体の底上げにつながる」という部分です。
どういうことか?
簡単に解説してみましょう。
一つには、クリエイティブ業界の外へ、「クリエイティブ業務の全体像を発信できる」ことがあります。
何度も言いますが、「アウトプット」以外に見てもらえないのが現状です。
この理解を深めるためには、どんな仕事をしているのか、その全体フローをもっと業界をあげて可視化していくことが大事です。
そして、それは記事やTwitterでの発信だけでなく、「リアルな現場」で「見積もり」に記載することでよりリアルに浸透すると考えています。
カメラマンなら、撮影後の写真を納品すると思いますが、それを納品するまでにやってることはクライアントさんが現場にきてくれない限りわからないですよね?
取材対象を探し、撮影交渉をし、ロケハンをして、撮影を行い、それまでに機材の手配をして、天気とにらめっこしながら撮影スケジュールを立て、つつがなく撮影を進行させるわけです。
それを「シャッターおしたら撮れるんでしょ?」と一括りにされたらたまりません。
そして、それを言われたとしても、後から怒りにまかせてツイッターで発信しても、クライアントさんには届かないでしょう。
界隈の中で愚痴を言い、慰め合うだけでは本質的な改善、改革はできないのです。
「クライアントさんがわかってない」という主張ではなく、どうしたら業界全体としてクリエイティブの価値をわかってもらえるかを考え、実践していく方がより良い未来が待っている気がしませんか?
その一つの手段として、見積もりはとても機能的です。
ぜひ、クライアントさんへのラブレターのつもりで作成してみてください。
その見積もりのひとつひとつが、いつか必ずこのクリエイティブ業界の底上げにつながるとボクは信じています。
また、個々人としては「ディレクション領域」の業務を把握することで、自分の「得意・不得意」を明確に把握することができます。
例えば、ヒアリングや制作進行などが苦手だ、と感じる人は、それが得意な「ディレクター」に業務に入ってもらうという手があります。
お互いの得意分野を掛け算するわけです。
ある種のワークシェアリングですが、例えばデザイナーさんであれば、苦手領域を捨て、得意なデザインだけをやることで、圧倒的に生産性が上がるはずです。
ディレクション費はデザイン費とは別で考えれば、特に自分の収入が減るわけではありません。
むしろ生産性があがれば時給があがり、より多くの案件を抱えることだってできるわけです。
ディレクション費はもちろん、ディレクターさんと相談して決めるのが良いと思います。
制作進行やスケジュール管理といった実務レベルなら、デザイン費の10~15%はひとつの基準として良いかなと思ってます。
ボクの場合はコンセプト設計や、ゼロベースの企画提案、クリエイティブの全体統括などをさせていただくことが多いので、その場合はもちろん、もう少し多くいただくようにしてます。
このあたりもぜひ工夫しながらベストを探してもらえたらと思います。
最後に
さて、見積もりひとつでいろいろ深掘ってきましたが、見積もりを「単なる金額提示」くらいに考えていた方は、ぜひ一度その考えを見直してもらえると嬉しいです。
それがまずは自分のためになり、クライアントさまのためになり、そしてゆくゆくは業界全体のために、果ては日本経済全体のためになる可能性を秘めているのですから。
まぁ、最後はちょっと大風呂敷ひろげすぎたかも知れないですけど。笑
フリーランスになったばかりのクリエイターさんにとっては、特に自分の業務レイヤーを分解する作業=見積もり記載は重要だと思ってます。
ぜひぜひ、企業へのラブレター=見積もりを大切にしてみてください。
それではまた。