COLUMN

クリエイティブを買いたたいたり、無償提供を要求するのが良くない理由を購入者の側から考えてみる。

残業好きの夏が、ようやく仕事をやめてくれた。
秋を感じる9月ってイイよね。
ボクは焼きたてのパンをほうばりながら、スマホ一つでこれを書いてる。

たまたま見つけた近所の小さなパン屋で買った、懐かしい味のするソーセージサンド。
耳に届くのは、子どもたちの遊ぶ声。
風にそよぐ木々のざわめき。
遠く聞こえる街の喧騒。

今ボクは、仕事仕事で不要だと切り捨ててきた「なんでもない時間」の中にいる。
忘れていた世界に久しぶりに戻ってきた感覚。
いや、見て見ぬ振りをしてきた日常なんだろうな。

こうした「今日まで忘れていた世界」に気がつけたのも、Office io COOとして本格的にジョインして、アートに触れ、自分を見つめ直すようになったから。

なんでアートが自己理解に繋がるのかは、ウチのCEOnoteに書いてくれてるから、もし良かったら読んで欲しい。
もちろん、この記事を全部読んだその後で、ね。笑

さて、今日書きたいのは、「購入者側から見たクリエイティブの価値」について。
実はこの視点や考え方も、「公園でのんびりする」という時間を設けたからこそ思いついたもの。
心に余裕ができると見える世界は変わってくるってのは本当だよね。

ちなみに、それもアートに触れる価値の一つ。

クリエイティブに求める価値はどれだけか?

これを読んでるってことは、あなたもクリエイティブを売る側か、買う側か、あるいはその両方なんだと思う。
出来たら今回は「買う側」の意識で読んで欲しい。
そして、一人でも多くの「買う側」の人が読んでくれると嬉しいな。

モノには価値がある。

大根でもラーメンでもジーンズでもApple Watchでも。
それぞれの適正価格ってやつがある。

それらは大抵はどこかの店に並べられて、値札が貼られてる。
だから買う側はその値段を素直に支払う。

Apple Watchを値切る人はさすがにいないよね?
Apple Watchが安く買えるのは唯一、新作が出たあと。
型落ちになったシリーズをAppleが自ら安くした時だけ。
そんなことは今なら小学生だって知っている。

でも、不思議なことにクリエイティブにはこの値札がない。
あってないようなもの、とも言えるかも。

一応「見積もり」ってのはあるんだけど、そこそこ不当な価格競争に巻き込まれることもある。

もちろん、購入者側の気持ちはわかる。
原価のかからない(ように見える)クリエイティブは制作者の裁量次第で値下げがしやすい。
経営者だって、担当者だって、自社の売り上げを上げたいわけだから、少しでも仕入れ値は下げたい。
ましてや個人なら、一つのフライヤーやロゴ、写真や動画の撮影に三万や五万、10万もとても出せないって事情もわかる。

でも、一歩踏みとどまって考えて欲しい。

あなたはそのクリエイティブに「どれだけの価値を求めているのか?」を。

どれだけの価値があるか、ではなく、どれだけの価値を求めるのか。これが今回のポイントだ。

クリエイティブを購入者側が買いたたいたり、無償提供を要求するのが良くない一番の理由は、そうやって手に入れたクリエイティブに対して購入者が「愛着を持ちにくい」って部分だと思う。

値段はそのまま価値になる。

例えばUNIQLOで買った一枚千円のTシャツと、DIESELMARGARET HOWELLで買った一枚一万円近いTシャツ。

あなたならどっちを大切に着るだろうか?

Tシャツの機能なんてほとんど同じ。
着心地だって圧倒的に差があるわけじゃない。
無地を基調としているなら、そこまで大きくデザインが異なるわけでもない。

でも、やっぱ大切にするのは一万円のTシャツだよね?

そうだとするなら、ただ同然で作ってもらったロゴと、正規の料金を支払って手にしたロゴでは愛着が違うのは当然。

いつまでも大切にしたいと思えるか、また無料で作ってもらえばいいや、と思うか。
想いは、どこかで透けて見える。

もちろん、これはロゴ以外のクリエイティブーデザインや撮影や編集、イラストなど、全ての創作物ーについても同じだ。

クリエイティブをプライドを持って語れるか?

さて、値段だけじゃない。
もっと大事なことがクリエイティブにはある。

それは、そのクリエイティブをどれだけプライドを持って語れるか

これは制作者だけじゃなくて、購入者の方ね。

値段の高さを語るんじゃない。
どれだけそのクリエイティブが自分にとって必要で、価値があって、この世に二つと無い素晴らしいものだって語れるかどうか。

これがすごく大事になる。

無償だったり、安く買いたたいたクリエイティブにはこれがない。
購入者側に「こだわり」がないから。
安いならなんでも良いです。と言ってる時点で、成果物に対して責任を持とうとしていないってこと。

だから、どれだけ制作者が魂を削って仕上げたクリエイティブだとしても、購入者に響かない。届かない。

これはイラストでもロゴでも撮影でも編集でも同じ。
自分がお金を払うから自分ごとになる。
お金が介在するから本気で良いものが欲しくなる。
良いものが欲しいなら「なんでも良いです」とは言わなくなる。

デザインのことはわからなくて良い。
撮影のこと、編集の細かいところまで口を出す必要はない。
でも、熱量を持ってそのクリエイティブの上がりを待つことは、とても大事な役割なんだよね。

そして、こだわりを持って仕上げてもらったクリエイティブなら、当然愛着があるはず。

「また別の人に作ってもらえば良いや。」なんて絶対に考えない。

ロゴならずっと使うだろうし、撮影写真ならいろんなところで使いたくなる。

価値は、制作者と購入者、両者が同等の情熱をかけて初めて生まれる。
購入者もクリエイティブを共有することができる。

これが良いクリエイティブ。

価値を生み出すのはいつだって自分自身ってことなんだよね。

唯一、値段以外で取引できるもの

この前提の中で、ボクも稀に安価や、実質ただ同然で個人的なクリエイティブを請け負うことがある。
ただし、その時には絶対的に譲れない条件がある。

ボクの中で唯一無償(安価)提供が成り立つのは「情熱の等価交換」が成り立った時だけ。

制作者側には、「お金はいらない。この人のために作りたい。」という想いが必要。
購入者側には、「他でもない、あなたにお願いしたい!」という想いが必要。

そうであれば、受けとる側も、いつか絶対に何かでその恩を返すだろうし、金銭は関わらないにしても、価値あるクリエイティブとして愛着を持って扱ってくれるはず。

この信頼関係があって初めて、クリエイティブは価値を残したまま値段を消すことができる。

だからボクはあまりクラウドソーシングの買い叩きをよしとしていない。
薄利多売はクリエイター側の裁量と責任だけど、それを買い漁る購入者側のクリエイティブ・リテラシーを上げることができないから。

価値(こだわり)なきクリエイティブは落書きと一緒。

せっかくクリエイターによって世に生み出されたのだから、出来るだけ長く愛され、大切に扱って欲しい。
そんなことを思ったりする。

ちなみに「友達だから」を等価交換にしてくるやつは残念ながら友達ではないよね。
友達を辞めてから正規料金を請求することをオススメする。

そんなことを考えてたら、手にしたコーヒーが冷え切って、曇り空がいよいよ雨の匂いを連れてきた。
そろそろこのベンチから室内に避難した方が良さそう。

それにしても、たまにはこうした違う環境で記事を書いてみるのも良いものだな。
思いの外文体がこれまでと変わって自分でも驚いてる。笑
人間、余白とリラックスって大事だよね。

無駄だと思っていたものに実は価値があるなんて、体感するまでわからない。

あなたも、安いほうが良いという固定観念に支配されたままの「クリエイティブの価値」をもう一度見直してみると良いかもね。

きっと心に、夏を置き忘れた心地よい風が吹き抜けるはずだから。

アートとは何か?
「Art × Design」をコンセプトに、「今日まで忘れていた世界に気づかせる」をミッションに掲げるOffice io のCEO hana が語る、アートへの入り口の話。

アートは道しるべになる_Art is a guidepost.

 

ABOUT ME
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Andy
we.編集長/Design Offiice io COO./Creative Director|東京⇆京都の2拠点生活。| 企業の経営課題を解決するデザイン・コンサルやクリエイティブ・ディレクションやってます。|ミニマル思考と独特の着眼点で「?」を「!」にする発想・提案が得意。|日本のビジネスにクリエイティブの革命を起こしたい。