COLUMN

この先の人生で、今日が一番若いあなたへ。 学び、動くべき理由を少し、考えよう。

季節が次第に冬へと向かう。

時間の流れとともに、周囲の人間関係は変化していく。
それは単純に周りが変わっただけでなく、自分も変わったということだと思ってる。

少し寂しいけど、仕方がない。
自分の成長速度が遅ければ置いていかれる。
どんなに早く走っているつもりでも、それより早いスピードで駆け抜けていく人はいくらでもいる。

だからってそれは、自分がスピードを緩めたり、立ち止まっていい理由にはならない。
ガムシャラに走るんだ。
ボクは、ボクのペースで。

今回は、そんな焦りとともに感じる「学び」についての話。

いつ学ぶのか?

ボクは、何かを学ぶのに、「遅すぎる」と感じることはない。
むしろ、何かを学びたいと思ったとしたら、今がそれを学ぶための「旬」のタイミングなんだ、と思ってる。

学校の勉強を思い出してもらえばわかる。
無理やり押し付けられたカリキュラムからの学びは、今はほとんど役に立っていない。
暗記した歴史年号も、大事だと言われた数学の公式も、呪文のように唱えた元素記号ですら、この日常生活の中では使うことがないままだ。

あのとき、勉強がいやでいやで仕方なかったのは、自分がその知識や学問のありがたみを知らなかったから。
いや、もっと単純に、そのとき学びたいと思っていなかったからだろう。

それは、大人になった今でも同じ。
強制や詰め込みではなく、自分がやりたいとき、思い立った時、ピンときたとき。それが「学ぶ」ときの適切なタイミングなんだと思ってる。

だから、「ああ、あのとき学んでおけばよかった」と考えることはナンセンスなんだ。

学びたいと思ったのだから、「今」始めればいい。
理屈はとてもシンプルで、いまだからこそそのモチベーションを保てるから。

いつ変化するのか?

これは「何かを変える」ときにも当てはまる。

「何かを変えたい」と思ったその時、その瞬間が「動くための旬」なんだ。

だからボクはすぐに動く。

面白そうだと感じたら飛びつくし、ある程度理解したらまた次にいく。
学びの浅さ、経験の足りなさなんて気にしない。
だって、上には上がいるのだから、極めようと思うこと自体がおこがましい。
(もちろん、その道のプロになろう。と心に決めたのなら話しは別だけど)

もし、今、やりたいことがったり、変化したいと思っているのに動けない人は、その理由と向き合ってみるといい。
お金がない、時間がない、スキルがない・・・理由はいろいろ出てくると思うけど、たぶん突き詰めたら「本気じゃない」が理由だろう。

動けないということは、単純に本気じゃないだけなのだ。
周りの仲間や友達がいろいろやってるから羨ましい、真似したい、同じようにしないとダメかも・・・
残念だけど、それは自分のモチベーションじゃない。

そんな時は焦らなくていいよ。
自ら動く時が必ずくる。
動きたくなる。

そんなときが来なかったらどうするのかって?
どうもしない。
自分がそういう人生がいいと選択した。
自分の心が選んだ。
ただそれだけのことだ。

「動かなきゃ」ではなく、「動きたい」

ボクは何かやりたいことがあると即座に反応して、即座に「動く」ようにしてきた。
そう、「してきた」のだ。

「動く」ということは楽じゃない。
エネルギーを使う。
だから、何に対しても即座に動けるようになるにはある程度の「トレーニング」が必要なのだ。

ボクはスポーツが好きだし得意だったから、新しい環境に飛び込むのはそこから始めた。
高校までのレールから脱出し、初めて深呼吸ができた気がした大学生の頃から、サーフィンを始め、スノボに手をだし、社会人バスケに参加した。

大学時代からバイトでテレビ番組の制作ADをやったり、テレビ業界からウェブ広告業界に転身したり、デザインを学んだり、コミュニティを立ち上げたり。
やりたいことをどんどんやって、どんどん変えてきた。
この気質は今でも変わってない。
興味の対象が趣味のスポーツから、仕事に移っただけ。

大事なのは、自分から「動きたい」と思える、そのモチベーションの有無だ。

「学ぶ」のと「動く」の大きな違い

「学ぶ」のと「動く」のには決定的な差がある。

それは「失敗」という結果を含むかどうか。

「学ぶ」ことに失敗はない。
知識や経験が増えるし、仮にその学びが今後どこで使われることがかなったとしても、本人に痛手はない。
使ってないことすら気がつかないかも知れない。

でも、「動く」となると話は別だ。
その先には「未知の未来」が待っている。当然、「いまより悪くなる可能性」が頭をよぎる。

だから人は動けない。

でも、本当はもう一歩踏み込んで考えるべきは、「動かない」ことで起こりうる、「失敗の可能性」の方。

「失敗」の定義はその人次第だから、一概には言えない。
でも、「動くと失敗する」と思って未来を恐るなら、それと等しく「動かないと失敗する」という可能性を同等に考えてから「動く」か「動かない」かの結論を出すべきだとボクは思う。

例えば、「転職」という動きをしたい、と頭では考えている。
でも「失敗」が怖くてできない、という場合。
ここでの失敗とは何だろうか?

「給料が減る」「人間関係のストレス」「業務時間の増加」・・・
いろいろ複合的なものはあると思う。

なのでそ自分が想像しうる「失敗」を可能な限り因数分解していく。
できるだけ細かく書き出して、全体を俯瞰する。

その後、その因数分解した解を一つ一つ、「動かなかった場合」に起こり得ないかを検証していく必要がある。

例えば「給料が減る」という失敗。
これは本当に「動かない」と起き得ない失敗なのか?

いまの会社のままで確実に昇給するのか?
昇給までしなくても、現状維持をできるのか?
現状維持できるとしたら、それはいつまで?

未来永劫、AIIT技術に取って代わられて、自分の仕事がなくなる可能性は本当にないのか?
いまの会社が倒産しない保証はどれだけあるのか?

こうして考えていくと、「動かないこと」もまた「動くこと」と変わらないリスクを秘めていると気づくと思う。

そこまで分解できたら、ボクなら出す答えは一つだ。

「動いても」「動かなくても」どちらにしろ失敗のリスクがあるなら、「未知の可能性」を残す「動く」を選ぶ。

少なくとも、「動きたい」思った瞬間から、その職場には魅力を感じていないのだから。

変化を楽しもう

変化を好み、受け入れられる人間は多くない。
みんな、安定が好きだし、楽だ。

でも、それでは未来は変わらない。
未来を変えるには、今を変えるしかないから。

やみくもに「動く」ことを勧めたいわけじゃない。
「現状の方が良い」と「未来が怖い」では、同じ「動かない」という選択の理由だとしても、天と地ほどの隔たりがある。
大事なのは、そこに思考があるかないか、だ。

怖れても、怖気付いてもいい。
でも、思考を止めちゃダメなんだ。

考えて考えて、考え抜いた先の「動・不動」であるべきなんだ。

自分の人生を創るのは自分だけ。

自分の人生に責任を持つのも自分だけ。

あなたの人生の中で、今日のあなたが一番若い。

さぁ、まずは今を、考えよう。

 

ABOUT ME
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Andy
we.編集長/Design Offiice io COO./Creative Director|東京⇆京都の2拠点生活。| 企業の経営課題を解決するデザイン・コンサルやクリエイティブ・ディレクションやってます。|ミニマル思考と独特の着眼点で「?」を「!」にする発想・提案が得意。|日本のビジネスにクリエイティブの革命を起こしたい。