ミニマリズムに恋して

ミニマリスト、大晦日に引越しをするの巻。

引っ越しをしたのは、大晦日だった。

2018年の最後の日にわざわざ?
と驚く人もいるかも知れないけど、理由は単純で、車を出してくれる友人の都合が、そこしか空いてなかったからだ。

うっかりしていたのだが、電気の契約開始は、翌日の元旦からだった。
なので、平成最後の年越しをボクは新居の真っ暗闇の中で迎えた。

今頃、世間一般の人は紅白歌合戦か、笑ってはいけないシリーズを見て笑ってるんだろうな…
テレビもラジオも無い部屋でそんなことを思っていると、遠く、かすかに除夜の鐘が聞こえた。
引っ越す前の家だと、幹線道路を走る車の騒音に囲まれて、常にせわしない夜を過ごしていたから、こうした風雅な夜はすっと心に沁みた。

引越し前の部屋はこんな感じ。

これまでも、ボクは引っ越しの度にモノを減らしてきた。
「捨てたくなるとき」という意味では、引っ越しは最大のチャンスだと思う。

でも、今回ばかりは、そうもいかなかった。

引っ越しとなると、必ず車に荷物を載せて移動する。
なので、その車に乗せられるだけのモノしか持って行かないと決めてる。
荷物を取りに戻るための往復はしたくない。

今回、友人が出してくれた車はステーションワゴンタイプ。
普通のセダンよりはモノが積めるが、ハイエースや軽トラほどではない。

後部座席を倒し、何度か積み直しをしながら、ようやく荷物が全ておさまった。
正直、もう少しスペースに余裕があると思っていた。
実際は、バックミラーが完全に荷物で隠れ、全く後ろが見えない状態になった。

今回の引っ越しであらためて感じたのは、自分の持ち物の意外なまでの多さだ。

あれだけ減らしてきたはずなのに、生活をするということは、こうもモノを増やす行為なのか…
友人の車にギリギリに詰め込まれたモノを眺めて、少しだけ恐怖にも似た感情を覚えた。

前回の引っ越しで、消費社会のラットレースから降りたつもりだった。
でも、もしかしたらそれは、降りようとしていただけだったのかもしれない。
モノは、気づかぬうちに増えていく。

前回の引っ越しから今までで、増えたものを数えてみると、けっこうあった。

・マットレス
・寝袋
・PCデスク
・チェア
・姿見
・ハンガーラック

生活消耗品を除くと、確実にこれだけの持ち物がこの1年ちょっとのうちにボクの部屋にやってきたことになる。
当然、勝手にやってくるわけはないから、ボクが買ったのだ。

もちろん、どれも必要だと思ったものだし、ちゃんと使っている。
逆に、使わなくなったモノはどんどん処分していった。
それでも、モノが増えたという事実はボクを焦らせるには十分だった。

家での快適さを求めると、モノはどうしても増えていく。

布団以外に寝転びたいならソファが必要だし、音が無くて寂しいならオーディオやテレビが欲しくなるかもしれない。
冷蔵庫や電子レンジがあれば食事のレパートリーは広がるだろうし、掃除機がある方が掃除は簡単だ。

でも、ボクにとってそれらは、「絶対に必要なモノ」ではない。
むしろ、何もない部屋の方が落ち着くし、機能的だと思っている。

だからボクは、ボクにとって必要のないモノを減らし続けてきた。
所有するモノを厳選し続けてきたと言ってもいいかも知れない。

料理をしないと決め、炊飯器と大半の食器を処分した。
着ないと判断した服はまとめて古着屋に持ち込んだ。
便利だと思っていたレンタルのウォーターサーバーも、返品してみたら意外と不便はなかった。

自分の理想とする生活の質は落とさず、可能な限り不要なモノを持たないように、快適と不便の境界線を丁寧に丁寧に探りながら暮らしてきた。
それは、波打ち際で足に水がかからないように遊ぶ子供の行為に似ているかも知れない。
時に踏み込み過ぎて靴を濡らし、失敗したと思うけど、再びギリギリを攻めたくなってしまう、あの感覚。

そんな寄せては返す波のような思考の繰り返しの中で、モノが増えたり減ったりしつつ、その都度折り合いをつけてきた。
そして、最近では自分なりにある程度の答えみたいなものは見えてきたつもりだった。

例えば、家電はほとんど要らない。
テレビも冷蔵庫も電子レンジも掃除機も加湿器も不要だ。
服は洗濯の間隔を計算して必要最低限。
ジムに行くから家でシャワーを浴びることもやめた。

一方で、仕事やクリエイティブに関わるものはやっぱり必要だから、iPadやPCデスクなんかはためらうコトなく購入した。
ボクにとっては自宅も含めて、どんな場所でも快適に仕事ができることはものすごく重要みたいだ。

まるで使い込んだジーンズが自分の体型にぴったりあうみたいに、そのうちボクの周りにあるモノは、ボクの生活にしっくり馴染んでいった。
その空間だけでなく、そこに至る過程でのモノのチョイスこそが、最高に至福な思考の時間なんだとボクは思う。

でも、ミニマリズムに完成なんてない。
捨てるという行為も、新しくモノを購入するという行為も、どちらもつまりは自分の生活のアップデートだ。

人は常に、変わり続ける。
自分だけでなく、周囲や、仕事や、状況も含めて。

だから、その生活は自分の環境が変わる度にバージョンアップしていかなくちゃならない。
今のベストが、この先の未来のベストとイコールであり続けるとは限らないから。

今までは一階にコインランドリーがあったから、洗濯機を持っていなかった。
でも、さすがに次の家では必要だろうと購入を決めた。

ベッドもずっと要らないと思ってきたけど、毎朝の布団の上げ下ろしに辟易し、その時間をカットするために購入した。
実に10年ぶりのベッドだ。
自走式の掃除機もいままだ迷っている。

これらの購入を決めたのは、今回の家では家事の一切を可能な限り断捨離して、「ビジネスホテルに暮らす」をテーマにしたからだ。
クリエイティブと睡眠以外、何もない部屋が理想だと思った。
そう、今回の引っ越しでボクが捨てるのは、単なるモノではなく、「家事」という習慣の方なのだ。
だから、大きな家具が二つ増えた。

もちろん、大物が増えた代わりに、今の部屋で必要なくなったものはどんどん捨てた。

・ローテーブル
・トランク
・ハンガーラック
・小物用の棚
・服(アウター・シャツ3枚・ジーンズ)
・ワイングラス
・お皿2枚
・洗剤ケース
…etc.

たぶん30アイテムは超えていると思う。

これも全ては自分の生活をバージョンアップさせるため。
もしまた不要と思えたら、そのときはまた手放せばいいし、必要なら買えばいい。
そう思えば今回の家具購入もまた一つの実験みたいなものだ。

もしかしたらまた、打ち寄せた波に靴を濡らすかも知れない。
でも、それならそれで構わない。

大事なことは自分らしく生きること。
有る無しに関わらず、モノに縛られずに生きることが大事なんだと思っている。

そして、引っ越しのタイミングで捨てるのは、モノや習慣だけではない。

すごく感覚的で感情的な言い方だけど「これまで暮らした街」もまた捨てるモノの一つだ。

新しい土地、新しい部屋で生活を始めると、前に暮らした街は途端に「思い出」に変わる。

川沿いの桜並木も、ランチの美味しい店も、コーヒーを飲みに立ち寄ったカフェも、クリスマスにはイルミネーションで彩られたあの小道も…
街に散らばるいろんな思い出をそこに置いて、ボクは次の新しい街へ行く。

全ての荷物を運び出した、空っぽの部屋はどこか妙に物寂しく、窓から見える景色は少しだけ特別になる。

次にこの街を歩くのはいつになるんだろう?
そんな、ちょっとだけのセンチメンタルを残して、ボクは今まで住んだ街を去った。

そして、6年ぶりに戻ったのが今回の街。
東京で、一人暮らしを始めた街だ。

変わっていないようで、どこか少し違う、ボクにとっての始まりの街。

引っ越しをきっかけに、たくさん捨て、少し大物を買い足した2019年。
ここからまた、ボクは新しい物語を紡いでいく。

また、「捨てたくなるとき」を探しながら。

ABOUT ME
Andy
we.編集長/Design Offiice io COO./Creative Director|東京⇆京都の2拠点生活。| 企業の経営課題を解決するデザイン・コンサルやクリエイティブ・ディレクションやってます。|ミニマル思考と独特の着眼点で「?」を「!」にする発想・提案が得意。|日本のビジネスにクリエイティブの革命を起こしたい。